扉が開くまで(20) 〜苦悩の中からの喜び〜
大阪でOPENしたとき、私の中では「きっとこれからは、私たちのサポートを必要だと思って下さる保護者の方たちが、たくさん訪れてくれる・・・」そう思っていました。しかしながら、認識が甘かったというのが実情です。OPENして半年が過ぎるまで、私たちは暇な時間を過ごさなくてはなりませんでした。赤字が続き、貯金や援助金がいつまでもってくれるか・・・そうした心配も頭から離れませんでした。

スタートして3カ月で私は息子を産みました。陣痛が来るまで、手作り食のメニューの以来を請けていたので、仕事をしていました。夫のプレマは、潮の満ち引きを計算していたらしく、私が陣痛で苦しむ中、「夜の間は生まれないよ」と助産院に夜中着いてから、自分は2階の控え室で寝込んでしまったのです。「人がこんなに苦しんでるのに・・・」と一瞬そう思いましたが、なんとも夫らしい行動だと納得もできました。
しかしいよいよ・・・と思っていたとき(翌日のお昼前)、夫は分娩室に降りてきて、私を介助してくれました。うまくいきめていなかった私を(さすが、犬たちの出産を何十頭も介助してきた経験があるだけあるなと思うほど)うまくサポートしてくれました。

息子に無事会えたときは、喜びとものすごい疲労感で頭の中がぐちゃぐちゃになっていました。ただ、仕事が架橋に忙しい時期ではなかったことも、やはり神様が与えてくれた時間だと感謝をし、内側から喜びを感じられました。

しかしながら本当に大変なのは、生まれてからだということにこのときの私はまだ気付きもしていなかったのです。

〜扉が開くまでの章は今回で最後です。ご愛読有難うございます。次回からは、「鏡磨き」の章に移っていきます。家族が増えた私に、どのようにまた更に気付きが起こっていったか、お伝えしたいと思います。人間の子供と、人と暮らす動物たちとの共通点にも、日々気付かされていくことになります。ご期待下さい。〜
【2007/01/25 17:24】 | 未分類 | トラックバック(0) | コメント(0) |
扉が開くまで(19)〜妊娠と独立〜
コミュニケーションによって、内側の扉が開いたハワイから、帰国して3カ月後、私は妊娠をしました。その妊娠は、こうのとりさんではなく、白鷺さんが教えてくれました。当時私たちは、夫のインターン先に近い住宅街といえども、国道や大きな工場もほど近い環境で、2LDKのタウンハウスに暮らしていました。1Fの部屋だったので、普通はあまり鳥も来ない場所だったと思います。

その日は、朝から風邪っぽく、私は横になっていました。栄養士の専門学校を卒業し、いったんは就職したものの、仕事を辞めて何ヶ月か経過していましたので、家事が終わった後、私は寝室の和室で横になっていました。すると・・・ドシン!というものすごい音が聞こえたのです。
窓の外に目をやると、一羽の白鷺さんが、こちらをじっとみています。
私は嬉しくなりました。「こんな真近で、白鷺さんに会えるなんてはじめてかも・・・」とカメラを取りに行こうとした瞬間でした。「おめでとう!!」という言葉がはっきりと聞こえたのです。

(えっ?・・・今の、白鷺さん?)そう思って、また目をやると、今度は口をパクパクさせて「よかったね。」と言ったのです。その後、白鷺さんは飛び立っていきました。(なに・・・今の?)そう思って何気なしに、カレンダーに目がいきました。(あれ・・・?そういえば・・・生理がきていない。もしかしてそれで?でも、不順になっているだけかもしれないしな・・・)でも、確かにおめでとうと言われたのですから、もしかしたらという思いで、検査薬を買いに、近くの薬局に行き、妊娠は確定しました。(白鷺さんがお知らせしてくれたんだよね?でも、なんでなのかな・・・?)とも思いましたが、以前も書いたように、プレゼンスは外側にも、必要に応じて現れてくれます。私にとっては、忘れられない妊娠発覚となりました。(笑)

私たち夫婦の方針として、「お互いにある程度、人生の方向付けができて、基盤ができ、納得がいくまでは、子供はつくらないでおこうね」ということを言い合っていました。それは子育てというものが、並大抵でないことを、代替医療というものと向き合っていく中で、知っていったからでした。内側の扉が開き、そろそろ自分たちの人生設計をしていこうと思っていた時期でしたから、まさに絶妙なタイミングだったと思います。

しかし妊娠ライフは思った以上に大変でした。当時胆石を抱えていた私は(まだその事実に気付いてはいませんでしたが)つわり地獄で、つわりだけで私は7kgも痩せてしまい、途中点滴を受ける羽目になってしまいました。そして主人はきっかけがあって勤務医を辞め、いよいよ独立しようという話にもなっていきました。

そして妊娠中期の安定期に入った途端、つわりはピッタリと治まり、その間に私たちは、生まれてくる子供のために生後3年くらいは育児を優先しようと、そういうスタイルの病院として、「動物治療院」を大阪の北部の山が近い環境の良い場所にOPENしたのです。
【2007/01/25 17:14】 | 未分類 | トラックバック(0) | コメント(0) |
扉が開くまで(18) 〜ハイヤーセルフとの絆〜
前のところでも書きましたが、実際私はコミュニケーターになろうと思って、ハワイに出向いたわけでもありませんでしたし、ワークを終えて帰国しても、コミュニケーターとして自分が活躍できるなんていうことさえ夢にも思えなかったことなのです。

ただ、魂が望むことという意味で言えば「動物と人々の本当の幸せと健康のために何かできることがあれば」という純粋な気持ちだけでした。おそらく、幼い頃の葛藤と口下手で、アンテナだけがやたら敏感な私の「誰かにわかって欲しい思い」というものが、形を変えて私をコミュニケーターとしての道に導いてくれたのかもしれません。

そしてこのコミュニケーションの土台となったのが、おそらく3年余りの瞑想の中で築いてきた、ハイヤーセルフとの絆だと思います。
先に書いたように、仕事としてコミュニケーターをやっていくことは、楽しいことばかりではありません。むしろ大変なことのほうが多いです。正直、どうしようもない状況の悩みを訴えてくる場合もあります。叶えてあげられない望みを告げられることもあります。また、保護者の方の人生、健康、家庭の状況まで深く関わっていくことになることもあります。保護者の方が精神的疾患を持たれていて不安定な場合や、家庭内でDV(家庭内暴力)があったりして、保護者の方だけでなく、ペットを含めた家族関係が危険な状態である場合もあります

私はましてや、コミュニケーターに(表面的には)なりたいと思って、なったわけでもありませんでしたから、本当に色々なご相談を受けているうちに、通常の精神状態を保つことが、非常に難しい時期もありました。コミュニケーターを仕事にするということは、アニマル・コミュニケーションをして、その結果をお伝えするだけではないからです。保護者の方のネガティブな感情をダイレクトに受け止めてしまい、体調不良になることもしばしばありましたし、元々私は身体がみかけのわりに頑丈ではないので、子育てをしながらという風になってからは、過労も手伝って、子供が4歳になる年までに、手術を含め、3度もの入退院をすることもありました。

そんなときも、ずっとプレゼンスに支えられていました。「もう、やめたい。やめよう。こんな重い状況引き受けられない・・・。」と何度も思ったこともあります。限られたかウンセリグ時間の中で、その子の気持ちが保護者の方の思いとかみ合わず、消化不良の状態でカウンセリングを終えなければいけないときもありました。

何度も止めようと思ったときに、支えてくれたのは、プレゼンスと、プレゼンスを通じ、生きている子も、旅立った子も含め、過去にカウンセリングをしてきた動物たちの魂でした。「僕たちが、私たちが、手伝うから、人間と動物との絆をサポートしていくことをあきらめないで欲しい、どうか止めないで欲しい」と・・・。これほどまでに、他人の幸せを望めるなんて、しかも自分の家族だけでなく、動物たち全体、人間社会全体の幸せを望んでいるなんて・・・この子たちは、自分の魂の前進に集中してくれればいいのに、どこまで私に、捨て身でそのことを伝えよう、教えようとしてくれているんだろう?その気持ちが伝わるたびに、私は涙が溢れてきました。それからも、私がもうやめようと思うたびに、私は彼らから、大きな大きな愛を送られてきたのです。

関東に移転してきてからは、おかげで数珠繋ぎ的また気付きがあり、そして保護者の方も、精神的な部分に深い関心のある方に多く巡り合っていきました。また、ワンネス・ディクシャにも出会うことができましたので、「やめよう」と思う気持ちも起こらなくなっています。ただ、私もこの7年余り、コミュニケーターとして、お仕事をさせて頂き、子供も同時に育ててきましたので、またそろそろ充電の時期は近付いているような気がしています。

とてもHEAVYなことばかりお伝えいたしましたが、もちろん、動物たちのいい形での変化と、保護者の方々の笑顔に支えられ、コミュニケーションやディクシャをさせて頂いていることに違いはありません。それだけ一応、心積もりは必要ですよということをお伝えしたかったのです。

みなさんも、アニマル・コミュニケーションに関心があり、コミュニケーターになりたいと思われる方も多いと思います。ただ、結果的に、コミュニケーターになったとしても、ならなかったとしても、みなさんの中でも、ハイヤーセルフ(心の奥深く、魂として自分をサポートしてくれる聖なる存在)との絆に気付くことができれば、そのパイプを太くする過程で、動物や自然とコミュニケーションができるようになることは非常に自然なことだと思います。ご興味のある方はまず、ご自身の中にある、「ハイヤーセルフ(あるいはプレゼンスという言い方もしますが)」に気付き、絆を作っていくことから始めてみられてはと思います。
【2007/01/25 16:53】 | 未分類 | トラックバック(0) | コメント(0) |
扉が開くまで(17) 〜アニマル・コミュニケーター〜
今でも私のところへは「アニマル・コミュニケーターになりたいので教えて下さい」とか、「修行させて下さい」「弟子入りさせて下さい」「どうすれば、動物たちと話せるようになるのですか?」というお問い合わせをよく頂きます。しかしながら、誠にもって申し訳ございませんが、私は現在のところ、直接お教えすることをしていないのです。なぜなら、私は何か月、何年と月日をかけて、ワークを受け、コミュニケーションの扉を開いた人間ではなく、ただ昔自然に内側同士のやりとりとして、やっていたことを思い出しただけなので、それをマニュアル化して、お伝えする術を持っていないからなのです。

もちろん、M先生のように、意識を内側に向ける方法をいくつかお教えすることはできますが、だからといってコミュニケーションができるかどうかということには、つなげられないからです。実際、他の先生のところで学ばれた方たちが、私のところに、何人かご相談にみえる方もいらっしゃいます。

「一番上のクラスまで卒業したのに、できるようにならないのです。」「過去世はみることができるのですが、今の状態での対話ができません」や、また反対に「過去世が分からないのです。」という方もいらっしゃいますし「特定の動物としかコミュニケートできないのです」という方もいらっしゃいます。しかしながら、海外でも、コミュニケーターとして活躍されている方たちのお話をお伺いしたり、本を読んでみると「子供のときから動物たちと交流できていた」という方がほとんどのように思えます。それは技法でなく、感覚的なものなのです。
もちろん、多くの人たちが、子供の頃ある一定の年齢までは、普通に
行なっていたことだと思います。ところがほとんどの人は、その記憶が薄れてしまい、休眠してしまっているということなのです。

また、コミュニケーターとして活躍している方をみると、そのアプローチ方法が同一、単一のものでないことが分かられると思います。ある方は、触って映像が浮かんでくる、またある方は、聴覚的に声となって、訴えていることが入ってくる、あるいはオーラがみえる、気の流れで直感的に感情が飛び込んでくる・・・など様々です。どういったアプローチが向いているのか、それは人それぞれだと思いますし、浅い意識で望んでいるだけでは、コミュニケーターにならない人もいます。(なれないのではなくて、魂が別の人生を選択している場合は、必然的に「ならない」ということをも、必然的に魂が選んでいる結果なのだと思います。)

よく言われるのは「うらやましいです。」ということですが、外からみている分には、私でももし、コミュニケートができない状態であればそう思うと思います。

しかしながら、お仕事として、コミュニケーターをしていくには、かなりの精神力、忍耐力が必要だと思います。結果的に、保護者の方の気持ちのサポートに繋がっていくことですので、動物だけが好きで、彼らの気持ちを知りたい、寄り添いたいというだけでは、コミュニケーターをお仕事にするには、難しいと思います。人と動物の種別を超えた根底での繋がりを、頭でなく心の奥深くで実感し、コンパニオン・アニマルたちがなぜ、人と暮らすことを選び生まれてきたのか、そして、ご相談があった動物だけでなく、ご家族双方を心からサポートしていきたいという気持ちが、持続していけるかというところだと思います。

お仕事として行なうこと、あるいは既に行なっていることと、魂の目的は、必ずしも合致するとは限りません。ですから、そうした結論は後にして、コミュニケーションを学んでみたいということであれば、ご自身にあった方法をみつけられるとよいと思います。

魂の目的・・・それは既に生まれる前から自身の魂は選んでいるといいます。その頃まだ私は、人生に目的意識を見出したくて、もがいていたと思います。生きてここに存在していること・・・それだけで、魂の目的は実は完了している・・・そう実感できるようになるまで、私のあがきも続いていくのでした。
【2007/01/25 16:26】 | 未分類 | トラックバック(0) | コメント(0) |
扉が開くまで(16)〜ハワイでの出来事とそして、日本でも・・・〜
私と夫はその頃、半年から1年くらい先を目標に、開業を考え始めていました。そんなとき、夫の恩師でもあり、代替医療の先駆者でもあった先生が会長をされている、獣医関係者の東洋医学の研究会主催のセミナーツアーがハワイのカウアイ島で催されることを知った夫は、「行ってみない?」と私を誘ってくれたのです。

そして私たちはハワイに行き、ハーブ、ホメオパシー、鍼灸、フラワーレメディ、食事療法など、そのセミナーをコーディネイトして下さった、B先生を中心に、ゲスト講師の方に色々な授業を受けていきました。そんな中で唯一、渡航前に事前に渡されたカリキュラムでは、全くどのような講義内容かさえも分からなかったのが「アニマル・コミュニケーション」というものでした。

コミュニケーションのワークショップは、滞在の後半に行なわれました。私はこのわずか2日間のワークショップで、子供の頃に自然とコンタクトを取っていたことを思い出し、B先生の愛犬の過去世(過去世にリンクするワークなどは、このとき一切習っていませんでした)を知り、彼のトラウマに気付くことができたのです。

ワークショップの方法は、シンプルなものでした。部屋の照明を落とし、瞑想のような形で呼吸を整えます。そして、先生からはイマジネーションの世界にいざなわれるように、ワークが行なわれます。そのときのイマジネーションの世界では、私たち参加者それぞれが、森で道に迷ってしまうというところから始まりました。そして、鍵束を拾い、家をみつけ、その鍵束にある鍵で、家の中にある扉を1つ1つ開けていくというものでした。その扉こそが、自分の心の内側の扉・・・つまり、潜在意識にリンクしている扉のことなのです。帰国の3日前のワークショップの午前がこうした形で、午後はイメージをどれだけキャッチできるかという練習も行なわれました。いわゆるチャネリングです。相手と繋がっている、もっと深く言えば相手とその瞬間別がないくらいに感じられるか・・・それがコミュニケーションの基本となる部分です。私は夫と互いにチャネリングをしましたが、夫の送ってきたイメージは全て
ほぼ正確に受け取ってしまい、後でプレマに「俺は一生浮気はできないな・・・」と言われたくらいです。(苦笑)もちろん、近い魂やエネルギー的な相性はありますので、それが動物でも、(ちなみに私は、今生は、人間の魂のコンタクトはお役目ではないのと、エネルギー的に、動物よりも負担が大きいため人間へのコンタクトは一切行なっておりません。)コンタクトが容易にできる場合と、時間がかかる場合があります。夫はというと、私の送ったイメージは1つも分からなかったようです。(笑)

誤解してもらうと困るのですが、チャネリングができなければ、コミュニケーションが出来ないというわけではありません。チャネリングばかりやっていると、「正確に情報を受け取らないといけない」という意図がそこに発生してしまうため、邪念が逆に入ることがあります。プレッシャーもかかり、チャネリングそのものが、逆にせっかく開きかけた扉を閉めてしまうことにもなりかねないからです。大切なのは、相手の心に寄り添いたい、相手の痛みを知りたい、感じたいという純粋な思いです。私はそのときその場の雰囲気も合ったのですが、何の気負いもなく、プレッシャーも感じずに、ただただ楽しんでいたので、近しい魂である、夫の気持ちもスムーズに受け取れていたのだと思います。
結果ばかりを求めたり、相手や自分に対してジャッジしている気持ちがあったりして、心から楽しめないようなチャネリングであれば、たとえ練習であっても、それはお奨めしません。練習というより、相手の気持ちを少しでも感じてみたい・・・そんな気持ちで、結果を気にせずに楽しめるなら、トライしてみられてもいいかもしれません。

「ようし!言い当ててやろう」とか、「相手に心を覗かれるみたいでなんだかちょっといやだな」「結果がはずれたらショックだし・・・嫌だな」などという気持ちがあるようなら、やめた方がいいでしょう。チャネリングは、「私の心、どっからでも入ってきて」という受身の状態と、相手の気持ちを覗き見るのでなく、「相手の気持ちをたとえ理解できなくても、少しでも寄り添いたい」・・・そんな気持ちで行なうものだと思います。

2日目は、とても素敵なヒーリングスポットへの軽い登山をして、自然との対話のワークをしました。この中でも、後々の私にとっては、非常にいい体験となる出来事がいくつかありました。また、このときのことも機会があればお話したいと思います。

既に開きかけていた私にとっては、まさにリアル・タイムに扉を開くことによって、B先生の愛犬、Aくんの気持ちにリンクすることができたのだと思います。

Aくんとの会話の様子は、クリニックのホームページ「アニマル・コミュニケーション誕生秘話」に書いてあるとおりです。B先生も、Aくんのことが聞けてよかったとおっしゃっていました。その様子をコミュニケーターのM先生に伝えると、「あなたにはもう教えることが何もありません。私はただあなたの内側に閉じていたものを開く手伝いをしただけです。ですからもう卒業です。」と、たった2日間のレッスンで、そう言われてしまったのでした。

それでもその頃の私は、全く自信もなく、ハワイという、気のいい場所でできたことが、日本でもできるかということは全く思ってもいませんでした。しかしながら、帰りの飛行機で、Aくんは私の潜在意識にリンクして「日本でも僕と同じように話を聞いてもらいたい子がたくさん(私のところに)来るだろうから、その子たちのために、力になってやって欲しい」と言われた事も、夢物語だと思っていましたし、まだ開業もしていませんでしたから、まさか彼からの依頼が現実になるとも、そのときは思いもしていなかったのです。

帰国してからまもなくして、その頃、夫のプレマが働いていたクリニックで、原因が分からない体調不良のある子たちが次々と来るようになったのです。夫は、そういう子たちの写真や写真のない子は、名前だけで、「この子たちにコンタクトをして、状態や理由を分かる範囲でいいから聞いて欲しい。」と依頼してきました。検査してもどこも悪いところが見つからないのに、全く食べなくなってしまった子や、逆に、糖尿病の持病がある子で、糖尿病の状態が安定しているのに、急に元気がなくなった子などや、トイレを全く今まであったところでしなくなった子など、いろいろな状態の子をコミュニケーションするようになりました。

帰国後に果たして、コンタクトできるのかどうかも分からない状態でしたので、当初は全く自信がありませんでした。ところが、ちゃんとメッセージは入ってくるのです。でも、これが、私の間違いだったらとんでもないことになる・・・それでも、そんなことはまだ思っていました。それでも、私が受け取ったメッセージどおり、入院している子は夫や、担当の看護士の方が、通院している子は、夫が(夫のはたらいていたクリニックは担当医制だったため)理解できそうな方なら、「実は・・・」と話して、そのとおり対応してもらったところ、体調や問題行動が改善されていったのです。これには、当初は、当のコミュニケーションをしている私が一番驚きました。

あるとき、夫が勤めていたクリニックで、トレーニングの講座を開催していくこととなり、初のモデル犬となった子がやってきました。ところが、しばらくしてその子はあまり食事を取らなくなってしまったのです。そのとき、夫はそれまで何ヶ月かの間の私をみてきて思い立ったように、看護士の女性にこう言ったそうです。「うちの奥さんは動物と話せるから、理由を聞いてもらえばいいよ。」と・・・。西洋医学100%のクリニックで、そんな話が鵜呑みにされることはありませんでした。「からかわないで下さい。」とその子にも、夫は言われたそうです。でも、その子にコンタクトをしてみると、ストレスがベースにあることがすぐ分かりました。担当の看護士の気負いやプレッシャーがそのままその子にも、伝わっていたのです。その結果、その子は消化不良状態を引き起こしていました。

「この子・・・おなかの調子がよくないみたい・・・。なんか聞いてない?なんだか、下痢気味みたいよ。食欲不振もそのせいみたいね。」とプレマに伝えました。その頃は、特徴的にエネルギー的に流れの悪い場所は、赤く点滅する形で私には知らされていました。(最近は少し違うアプローチになっていますが)体調の場合は、本人が説明することよりも、私が感じ取ってしまうことが多かったのです。
更に、本人に聞いてみると、「今は、お腹が痛くなりやすいから、もっとおいしくて、負担の少ないものが食べたい。」と、その子から、みんながお弁当を食べている風景がヴィジョンとなって送られてきました。「人と同じものが食べたいの?」「うん・・・このカリカリとしたの<ドライフード>だと、お腹の調子が悪くなるみたいで・・・。」と言うので、夫にそれを看護士の女の子に伝えてもらうと、やはりその子は「私は、そういう話・・・信じられません。それに、手作りなんて毎日病院に居る子にできるわけないじゃないですか。」とその場ではつっぱねられたそうです。

私は、その頃は、栄養士になるために専門学校に通っていましたから、たまにクリニック内で、犬猫向けに、栄養や食事のセミナーをさせて頂いてはいましたが、そのクリニックのスタッフではありませんでしたので、看護士の女性にしてみれば「外部の人間から、なんでいちいちそんなことを言われないといけないの?」というのが、おそらく本音だったんだと思います。けれども、その女性も思うところがあったのでしょう。後日、夫から聞いた話では、その女性は、その子のために、味付けをせずに、煮込んだお肉と野菜とごはんを持ってきてあげたそうです。すると、下痢は治まり、その後は、フードを変え、たまに、手作りものを食べるという形にし、消化不良の状態もすっかり落ち着いたそうです。

そのワンちゃんも、まだ成犬でなかったですから、まだ十分に消化吸収の能力がついていっていなかったのに加え、そのフードが合わなかったのだと思われます。そのうえ、毎日トレーニングで、その女性の気負いも手伝っていたので、ストレスが急激にかかっていたことも原因となっていたようでした。 けれども、女性の気持ちが食事を変えてくれたことで、伝わり、その後のトレーニングもうまくいったそうです。

このような形ではじまった、私のアニマル・コミュニケーションでしたが、実際にもっと大切な、保護者の方の気持ちをも汲み取ること、保護者の方と動物との絆を深めるサポートをしていくこと、保護者の方の気持ちのフォロー・サポートをしっかりとしていくこと などはまだまだできていませんでした。ただただ、その子たちの気持ちを少しでも吸い上げて、お伝えしたい・・・そればかりでした。1日に何頭もコミュニケーションをしたりして、エネルギーの消耗が激しい中で、焦りの気持ちが強くなると、他の子の気持ちと、その子の気持ちが集合意識となって、語りかけてくることもあり、解釈違いをしてしまうこともありました。実際仕事となるとこれに、保護者の方へのカウンセリングが入ってくるわけですから、(こんな状態では、まだまだダメだ・・・)と自信を失うこともありました。

けれども実際に仕事として関わっていく準備も、帰国から半年のこうした経験で、築かれていったと思っています。けれどもこのときはまだ、コミュニケーターになりたいと切望したわけでもなんでもなかったのに、なぜこのような状況になっていったのか・・・それはずっとずっとまだ先まで分からないままだったのでした。
【2007/01/25 15:47】 | 未分類 | トラックバック(0) | コメント(0) |
扉が開くまで(15)〜土台づくり〜
私は新婚1年経って、やはり代替医療を学びながら、仕事で興味を持った食の世界をもっと知りたくて、アルバイトを辞め、栄養士の学校に社会人入学をしました。

最初の1年は代替医療の中で話される食事についてと、現代栄養学とのギャップに悩みましたが、後の1年はそれらを統合させ、包括的にみていくことができました。もちろんその間、マクロヴァイオティック(玄米菜食健康法・治療法)を学び、アーユルヴェーダを日本人唯一のアーユルヴェーダ医であられる、I先生に師事し、学んでいきました。

そして無事栄養士となり、いったんは福祉施設中心の食品卸会社に栄養士として就職しましたが、食の量産化になっている現場を知っていく中で、私の求める世界との矛盾を感じ始め、会社を辞めました。いったんは、ふぬけたようになっていた私でしたが、母にプレゼントしてもらったパソコンで、自分で始めた「ペットの健康相談室 プレマ」で、負担の少ないケアを求める保護者の方のご相談に乗るようになっていきました。それが今のクリニックの原型です。
もちろん対応は、ネットと出張中心ですので、まだまだ形にはなっていない状態でしたが、それでも負担の少ないケアを求めている人が増えていることには気付いていくことができました。
【2007/01/25 14:03】 | 未分類 | トラックバック(0) | コメント(0) |
扉が開くまで(14)〜ハイヤーセルフの目覚め〜
今から考えれば、震災があったときのボランティア経験が、もう「気付きの扉」の門前に立って、扉を開こうとしていたのだろうと思えています。

インド行きが決まって、私の中のハイヤーセルフは十数年ぶりに目覚めたような気がします。もちろん、要所要所に「直感」と思えることはありました。しかしそれに対し、それまでの私は、何の感謝もせず、偶然の産物であるように感じることしか、長い間できなかったのです。

インドの聖者のところでは、ただただひたすら、瞑想したり、歩きながら神を思ったり、日に2回行なわれるダルシャン(神の化身とされる聖者(アヴァター)が一般の信者や客に対して、姿を見せ、祝福をする儀式)に何時間も並んだりということが日課でした。

みんな手紙やプレゼントをアヴァターに受け取ってもらいたくて、必死な感じがしました。そんな中で私は「何もしない状態」「ただただ待っている状態」が苦痛になっていきました。「早く帰ってこの人においしいお味噌汁を飲ませてあげたい」そう思いました。「あーあ、食堂でも手伝わせてもらおうかな?」そんなこともつぶやきたくなりました。私にとってそれなりの体験はあったものの、まだまだ扉は全開とは言えなかったと思います。

実際、私もアヴァターに一度手紙を書きました。ところがいつもいつも、後のほうの席になってしまい、渡すことができませんでした。けれど、帰る3,4日くらい前に、いきなり前から4番目の列の、しかも中央側に座ることができたのです。そのときの私は「ああ、待ってよかった。」と思いました。そして、聖者のダルシャンが始まり、聖者が歩み寄ってきました。ところが、私が手紙を差し出すと、聖者は私を避けて、違う人たちの手紙を受け取りました。もう一度私は手を伸ばしましたがまた、避けられてしまったのです。私の横に居た、インド人らしき女性がその様子に気付き、私の手紙を受け取って、聖者に渡してくれました。「明らかに避けられた・・・」そのときの私はショックでした。

思えば、最初から夫のように、その聖者に何の抵抗もなく、惹かれたわけではありません。どちらかというと、正直言ってその頃は、夫を理解したい、同じ目線を持ちたい、夫に認められたい、こいつと結婚してよかったと思われたい、もっともっと愛されたい・・・そんな気持ちが強くはたらいていました。そういうことは、聖者にはお見通しだったのかもしれません。私はショックな気持ちと、恥ずかしさで複雑な気持ちになりました。それでもまだ私は「どうして?私の気持ちを直接受け取って下さらなかったの?」という気持ちでいっぱいでした。(絶対に、直接言葉をもらいたい・・・)私の気持ちは更にヒートアップしていました。

次の日、最終日のダルシャンでは、更に前に行くことができましたので、「もしかしたら、(アヴァターと)話ができるかもしれない・・・」とさえ思い、私は「このラッキーは偶然でなく、与えられたものなんだ。」と思おうとしていました。私の周囲の女性も同じように思っているのが、ありありと分かりました。そして、私の気持ちを代弁するように、私の周りの女性たちは英語で「あなたに直接話を聞いてもらいたいです。」と何度も叫んでいました。すると、聖者は私たちの方を向いて「次回にそうできることを私も願っています。」と言いました。私はその言葉だけで涙が出てきました。それでも、そのときの私は、それで十分だと思えたのです。その返事で流した涙は、受け入れられなかったからではなく、私の問いに、アヴァターが答えてくれたことに対しての納得の涙だったのです。まだまだ私は何の準備もできていないことを、自分で改めて知らされた気がしました。そして、実際に、この目の前に居る聖者に選ばれようと必死になっている女性たちと自分も同じ、焦った気持ちの固まりだったということを、この旅で悟ったのでした。もし、あそこで個人的に言葉をかけられたり、別室でインタビューを受けたりしていたら、私の中に「自分は特別なんだ」という、間違った解釈をもって、帰国することになっていたのだと思います。
残りの2日は、ゆったりとした気持ちで過ごせました。焦っていた自分を知り、それを認めて受け入れたことで、私の中からあんなにあった焦りの状態が、一切なくなってしまったのです。

聖者のところは、キャンパスと呼ばれる宿泊施設やたくさんの建物に囲まれているのですが、そこには、前のブログにも書いたと同じ、インドの犬たちが施設内の人々と半共生をしていました。インドの犬たちには、脱帽します。気配を全く消して、人に近付くこともよくありますが、そのときのその場所にいる犬たちは、明らかに食べ物目当てで人に寄っていく子はいましたが、ずっと人に寄り添うような子はいませんでした。管理を強化していることもあったのでしょうが、人とは距離をとっている子がほとんどだったのです。

私の中の焦りが消えていったせいでしょうか?帰る前日のことです。「今日はお昼も、建物の中でダルシャンがあります」ということを聞いたので、私が列に並んでいると、その子は寄って来ました。まだ若い野良犬の女の子でした。そして私に甘えて、傍を離れようとしません。しばらくして、列が進まなくなると、私の膝を枕に寝てしまいました。彼らは、半野生ですから、大勢の人前ですやすやしかも、他の犬の仲間も居ない中で眠るなんていうことは通常では考えられないことなのです。周囲の西洋人の人たちは「その子は聖者の使いで、きっとあなたの前世からの親友ね。」と口々に言い始めました。知らない間に私は、大勢の外国人たちの注目の的になってしまっていました。

私の中から「認められたい」「選ばれたい」「分かってもらいたい」そんな焦りが消えた途端、こんなに摩訶不思議(実は不思議でもなんともないのですが、表面的には不思議といえる)現象が起きたのです。動物は本当に正直です。後々分かっていくことですが、動物は意識の反応に対する反応の現れという形をよく取ります。野生動物が、石ころやそのへんに生えている草花に警戒心を示すでしょうか?逆に、彼らは疲れたら木陰に入って休もうとして、少しでも大きな木を探そうとします。・・・全てが、そういうことなのです。コンパニオン・アニマルが、保護者の方の意識を受けやすいのも、こうした自然をベースにした、循環の法則に乗っ取った形を取っているからなのです。

双方が幸せでなければと、私たちがセミナーや個人カウンセリングで繰り返し申し上げるのはそのためです。人と暮らす動物も、人間の子供たちも、保護者の人の幸せや健康を同時に願っています。それらはどちらが始まりでも、終わりでもない、自然の法則つまりは循環なのです。
そのときの私は、一時的にとはいえ、完全に「こうしたい、こうありたい」という自分を手放していました。もうその旅は私の中では終わっていたのです。その穏やかな気持ちが、彼女にも、伝わったのだろうと思います。その和やかな心の交流が、他の人たちの心をも穏やかにしたのだと思います。

帰国してからは、数珠繋ぎ的にいろいろなことが起こり始めました。それと同時に、私たちの中も徐々に、特別にその聖者というわけではなく、自分の内側にある存在、プレゼンス、ハイヤーセルフとの絆が強くなっていきました。それで気付かされたことは、私の中に在った違和感とも一致していました。一人の聖者や神仏を崇拝することは、その存在に対し、必要以上の依存をしてしまうことだと気付いたのです。もちろん、ハイヤーセルフとの絆を結んでくれた聖者に、私は今でも感謝をしています。

元々私は仏教系の大学を出ていますが、特に仏様だけを信仰していたわけでもありませんし、大学在学中には、神学やキリスト教文化も学びました。個人的に神仏の存在は好きですし、否定はしませんが、やはりそこに上下関係や依存してしまう関係を作ってしまうことには抵抗があったのです。神仏は元々、もっとどちらかというと、大自然に近い状態で、崇め奉るものでなく、大きなハートの親であり、そして自分の心の友である、そんな存在だと思っていたからです。その後も、自分の内側をみつめるため、瞑想は3年くらい、毎朝続けていました。そうする中で、プレゼンスとの関係をより深めていったのです。

しかしながら、瞑想をしなければ、プレゼンス(ハイヤーセルフ)との絆が作れないかというと、それはそうではありません。自分の内側をみていくのに、最初は心を落ち着けて穏やかな状態の方が、内側を感じやすいからです。そのような状態になれるのであれば、瞑想でなくとも、ご自身にあった方法で構わないと思います。1つ気をつけて頂くことがあるとすれば、ゆっくりとした呼吸ができているかどうかということだと思います。だいたい1分間に、5回くらいの呼吸を目標にして頂ければよいのではないかと思います。 これは私は大学時代、因果なもので毎週(仏教が専門ではありませんが)、必修科目として1年間瞑想の授業がありましたので、ゆっくりとした呼吸を習い、気がつけば、半年も経つと、呼吸の数だけで、時間が計れるようになっていたくらいです。

瞑想に慣れない方は、ぜひゆっくりとお風呂に使っているときに、内側を感じてみて下さい。お風呂はリラックスしますので、ゆったりと湯船に使っている時に、呼吸が速くなっている人はまずいません。「そういえば、お風呂に入っていると、アイデアやひらめきがよくある」なんていう方も、少なくないのではないかと思います。子育て中のお母さんは、お風呂もゆっくり入ることが難しいのですが、お子さんを寝かしつけてからで結構です。もう一度、ご自身のリラックスと、内側の静かな状態を感じられるために、ご自身のためにお風呂に入りなおしてみて下さい。

それでも「自分の内側なんて感じるなんて無理。プレゼンスなんて・・・いったい、どうやって感じたらいいの?」と思う方は、まずその日1日を振り返ってみて下さい。そして、いいことがあっても、なくても「今日も1日無事に過ごすことができました。ありがとうございます。」と感謝をしてみて下さい。ここでも「誰に?」と思う人もいるかと思いますが、あなたが今こうしてお風呂に入っているのも、水があるからです。ガスが通っているからお湯になって、あなたが寒くないようにしてくれています。水や火そのものにもそうですが、それを家庭で使えるように昼夜なく、働いてくれている人たちがいます。また、太陽はあなたに活力を与えてくれますし、雨は自然の恵みを育んでくれます。月は夜道を照らしてくれますし、自然も陰日なたとなり、あなたを見守って助けてくれているのです。

そして、子育て中のお母さんであれば、あなたが今、寝かしつけてきた子供たちも、あなたに毎日愛を運んでくれています。遅くまで働いてくれている、ご主人に対しても愚痴ばかりになっていないでしょうか?逆にお父さんであれば、一生懸命家庭を支えてくれている奥さんに、やさしい言葉の1つでもかけてあげているでしょうか?子供との対話の時間、最近少なくなっていませんか?一人暮らしの人は、彼氏・彼女との関係は最近いかがでしょうか?お友達との関係はどうでしょう?ご実家の親御さんに、たまには連絡を取られているでしょうか?私たちは決して、たった1人で生きているわけではありません。誰かが、誰かのために何かをしているからこそ、私たちはここに存在できています。一人で暮らしている人も、目には見えなくとも、あなたの快適な暮らし、日々の生活のために、関わってくれている人たち、支えてくれている人たちがたくさん居ることを、そして離れていても、あなたを思ってくれている人たちがいることを、どうか少しのバス・タイムのときやリラックス・タイムのときに、思い出してみて下さい。

外側の意識の見方が変わっただけで、内側に気付く人もいます。プレゼンスは内側だけに、存在しているわけではありませんので、そのことには、少なくとも、私のブログを読んでくださっている、メンタルなことに関心のあるみなさんならば、遅かれ早かれ、みなさん一人一人が気付いていくであろうと思います。

きっかけは、必ずあると思います。頭で考えているだけでは、プレゼンスのことは絶対に分からないといっても過言ではないと思います。もし、まだそうした存在に気付かないようであれば、それはまだ時期を待っている段階だと捉えて下さい。ある日突然、それはなんらかの形で、訪れると思います。みなさんの内側のそれぞれに扉があります。その扉を開ける鍵は、内側にあるか、外側にあるか、それはみなさんがこれからみつけられると思います。ぜひ、その鍵をみつけ、扉を開けていく中で、プレゼンスに出会い、絆を深めていかれることを、私も祈っています。
【2007/01/25 14:02】 | 未分類 | トラックバック(0) | コメント(0) |
新年のご挨拶&ご報告
2007年の幕開けです。
みなさん、ご無沙汰しております。明けましておめでとうございます。

みなさんにとって2006年はどのような年だったでしょうか?
私にとって2006年はとても素晴らしい年となりました。
まずワンネス・ディクシャ(インドのワンネス・ムーブメントの活動を行なっているカルキ・バカヴァンの下では、混乱を避けるため「ディクシャ」という言葉だけを使わないようにとの通告がされましたので、ワンネス・ディクシャとさせて頂いております。しかしながら、略してディクシャとさせて頂く場合もあることをご容赦下さい。)の個人セッションを始めることができ、そして夫のプレマも9月に渡印し、ディクシャ講師となり、12月にはディクシャ会を開催することもできました。
これもみなさんからご支援を頂いた賜物だと思っております。この場をお借りして厚くお礼申し上げます。

年末年始は相変わらずバタバタと関西に帰省していました。
我が子のみならず、甥っ子、姪っ子たちに囲まれ、賑やかなときを過ごしました。また、私の母と結婚以来初めて、年越しを迎えられたときでもありました。母には何度かディクシャもしてきました。母は数年前から持病が悪化してきています。それとは別に、まだ早いのではと思うのですが、軽い認知(痴呆)症状も出てきました。もちろん大半はしっかりしているのですが、現在は、まだらに大切なことを忘れてしまったりという症状です。もちろん、本人は自覚していません。また、一般的には、自覚もしたくないことでしょうと思います。

このところ、患者さん、クライアントさんからご家族の介護の話、あるいは愛犬・愛猫の介護の話が多くなったなと感じていましたし、それが母の願望の反映であり、リンクであることも分かっていました。しかしながら、義父母から年越しを私の実家でしてきてあげて・・・と言われるとは思ってはいませんでした。関東と関西とで離れて暮らすようになり、両実家との関係は以前以上によくなったと感じています。義父母にも本当に感謝しています。

実家で年越しを親子で迎えようとしていると、母がふと聞きました。「結婚して、幸せ?」と・・・。
私は唐突な母の言葉にしばし戸惑いつつ「うん。日々いろいろなことはあるけれど、深い部分で彼にも子供にも感謝ができているし、何より子供と出会えたことが嬉しい。(私の子供でなかったとしても、息子のことが大好きという気持ちは客観的に私にあるため)それに彼と出会えたから私の内側の扉がどんどん開いていった。表面的なことよりも、そのことが何ものにも変えがたいことかもしれないよ。」と答えると「そうか・・・よかった。相手に感謝できる・・・それは本当に大切なことだね。」と返してくれました。

彼女のふっとした言葉には私もいつもどきっとさせられることがあります。心理的にも的をついた質問をしたり、水を向けたりするからです。
母が定年まで、いわゆるベンチャー企業の社会の一線で活躍しなければ、何をしていたのだろうかとつくづく思うときもあります。彼女は霊的な部分からいえば、私よりもずっとスピリチュアルな要素が強い人だからです。さすがに体調を考えるとインドに行けば?と薦めるわけにはいきませんが、何かしらディクシャで、彼女の長年眠っている部分が目覚めてくれば、おそらく今までの人生の長さ以上に生きることは無理でだとしても、きっと今まで以上に、充実した余生が送れるのでは?と思ったりしています。内側の目覚めのサポートができれば、娘としてもこれほど嬉しいことはありません。

話を少し動物のほうに移すと、母の症状とかぶることもあるのですが、最近、ワンちゃんのみならず、猫ちゃんの認知も増加してきています。犬の認知は昔からありましたが、猫については、昔ならあまり考えられないことだと思います。でも、それだけ猫も長生きの子が増えているということなのでしょう。

実はアニマル・コミュニケーションも認知が結構進んでくるとコミュニケート自体が不可能になってくることもあります。「潜在意識にコンタクトすれば問題ないのでは?」というご質問があることもあるのですが、それは表面の意識の受け皿が受容している場合なのです。そういう場合は、表面(表層)の意識のアンテナが立っていれば、例えば動き回って他の事をしていても、寝ていたとしても、潜在意識にリンクが出来るのですが、アンテナ自身が立っていない場合は、それらが連動していないためコンタクト自身が難しいのです。(亡くなって霊体だけになった場合は別ですが)アナログのテレビを想像してみて下さい。生き物はデジタル放送にはならないので、やはり表面意識と潜在意識は連動しているということなのです。つい最近も認知の子と何頭かコミュニケーションの機会がありました。結果はコンタクトできる子とできない子とに分かれてしまいました。認知の進み具合という場合もありますが、今のところうまく言葉で説明は出来ませんが、それ以外にも原因はあるのだろうと思っています。

あと、人のディクシャをしていても思いますが、やはり頭頂葉の部分の活性が強いタイプの人は、頭に手を置いた時に硬いことが多いのです。おそらくエネルギー的に一部分が過活性になることで、ハートとの間にブロックができてしまっているのだろうと思います。そうした人も何度かディクシャを受けて頂くと徐々に柔らかくなっていきますが、ハートと脳のコミュニケーションが円滑でないことが長年続くと、認知(痴呆)も起こりやすくなってしまうようです。つまりは、私たちはいろいろなことで自分の気持ちに、本当は納得していないにも関わらず、仕方なく折り合いをつけてしまっているということが多いということなのです。認知症状が出やすい人や動物は、総体的に若い現役時代、いわゆる頭のいいタイプの人や動物が多いのです。でも、本当は「心ではそうは感じていないのよ」ということに、脳とハートとの間に防御壁を築いてしまっていますから、脳の頭頂葉部分が過活性になりすぎてしまうようなのです。いったんなってしまった認知(痴呆)を治すことは正直難しいです。ただ、私も母を見ていて思うことですが、今まで抑えてきた色々なものから、解放されているととらえると、受容してあげたくなってくるから不思議です。

介護をされているみなさんも、身内となると、つい感情的になることもあるでしょう。私も、年始の滞在中何度も気持ちが荒立ったことがありました。でも、その荒立つ気持ちは否定しなくていいと思います。私も恐らく、ディクシャを知る前であれば、相手の気持ちも考えず、相手の理解不足を、そして間違いを、他人様に迷惑のかからないように気をつけるようにと、何度も同じことを繰り返し言ったことでしょう。でも今回は違いました。気持ちが荒立った時、その都度、一度だけ母には「それはこうなんじゃないのかな?」と言いました。でも、それで自分の中が治まり納得もできるので、同じことを繰り返し言うことはありませんでした。話題を切り替えて仕切りなおすこともできました。

なぜ、私たちは他人様のことなら、気の毒だとか同情的に捉えられるのに、身内となると気持ちが波立ってしまうのでしょう?それは、以前にもお話したように「こうあってほしい」という相手への欲求が強くあるからです。また、「この人は(あるいはこの子は)こうだったんだから」という固定概念があるからです。しばらくはよる年波の変化を受け止めきれないでしょう。しかしながら、それは他人様であっても、親であっても、コンパニオン・アニマルであっても、四季が移り変わるのと同様に、年齢の経過と共に起こりうる変化なのです。

もし私が母だったら・・・インドでディクシャをさんざん受けてきているので、この感情を味わうことは容易でした。いつもなら、おそらく、多少なりともの文句を言いながら、母の洗濯物や食器を洗っていることでしょう。でも今回は違ったのです。食器を洗いながら、今回は日頃母を支えてくれている、姉や介護サポートのヘルパーさんたちの存在に心からの感謝が湧いてきました。

そして同時に、私たちが関東に移転する時に、(プレマの両親からはかなり<実家が両方とも関西なのにと>反対をされたのですが)私の母は「何があっても、あんたたち夫婦が同じ方向をみて、しっかり歩めるなら大丈夫。私は離れてもずっと応援していくから。」と言ってくれたのを思い出し、涙が溢れてきました。その母に「この結婚は、(表面的な部分では公私を共にしていてもめる事もあるけれど)何より、相手や周囲に感謝が出来る、幸せなものだったよ。」と伝えられたのが、今回一番の母へのお年玉だったかもしれません。

昨年ディクシャを受けて頂いた方々の身辺でも、ものすごくいい形で激変した方々がいらっしゃいます。その方々はディクシャを通じて、今までどんな努力をしても、親子あるいは夫妻の人間関係が整わなかったのに、整える準備ができていった方々でした。身近な人間関係をみつめると、今まで見えなかったものが必ずみえてくると思います。そして、保護者の方の受け止め方が変われば、必ずといっていいほど、子供が、そしてコンパニオン・アニマルたちが変わります。そのためにはまず、みなさんが幸せでなければならないと思います。自分が幸せでないのに、
相手の幸せだけを願うことは矛盾しています。「私はどうなってもいいんです。この子を助けて下さい。」「私は生活もいいかげんなんですけど、この子たちには不自由させたくなくて・・・」お子さんをおもちの方や、コンパニオン・アニマルと暮らしている方々からよく聞かれることです。もちろん、そのお気持ちは私も人の親なのでよく分かります。でも、ちょっと待ってください。子供たちが、人と暮らす動物たちが、そんなことを本当に望んでいるでしょうか?彼らもまた、保護者の方々の幸せを心から願っているのです。なぜなら、真の愛は循環しているものだからです。お母さんが泣いているのに、自分だけが、幸せで嬉しいと思う子がいるでしょうか?子供たちや動物たちの方が、そのことをよく分かっていることが多いです。ですからディクシャの効果も人間の大人より早く現れてくることが多いのです。

プレマでは今年も、クリエーションセンターでも、動物クリニックでも、そして私やプレマ個人としても、一人一人の内側の幸せは、外側へと拡大循環していくのだということを、一人でも多くの方々にお伝えしていきたいと思っています。

どうぞ本年も変わらぬご支援をよろしくお願い申し上げます。
【2007/01/04 14:12】 | 未分類 | トラックバック(0) | コメント(0) |
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りえこ先生のブログ


プレマ動物ナチュラル・ケア・クリニックのりえこ先生のブログです。

プロフィール

プレマリエ

Author:プレマリエ
ホリスティック(ナチュラル)・ケア主体の動物クリニックを、獣医師の夫と共に営んでいます。私は動物の心・魂からのメッセージを、ご家族にカウンセリングを交えてお伝えする、アニマル・コミュニケーターをしています。また、2005年に南インドで研修を受け、魂の前進・解放を促すエネルギー・ワーク「ワンネス・ディクシャ」のインストラクターになり、セミナーも開催しています。人と動物の種別を超えた絆、人や動物たちが本当に幸せになるために、魂的な前進をしていくために、私たちが、どのように生きていくことを自覚していけばよいのかなども、お話ししていきます。どうぞよろしくお願いします。

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