ブレイクタイム(5)〜はじめての主催ディクシャ会<スペシャル・サンクス>〜
昨日、第一回のディクシャ会が無事終了しました。

おいで頂いたみなさまには、この場をお借りして御礼申し上げます。

私は昨日は初めてのことで、ヘルプに来て頂いていた2名のディクシャ講師の方と、他お手伝いの方1名とローテーションで、小学生のプログラムを行ないました。

大人側のセミナーにも参加させて頂きたかったのですが、昨日ははじめてということもあり、夫とプレゼンスに全てを任せました。

大人側にお越し頂いていた方々は、12名。
本当に会場には強いディクシャ・エネルギーが流れているのを何度も感じました。(私も個々のディクシャをさせて頂いた後、最後に会場全体の集合意識にリンクし、来て頂いたみなさんそれぞれのプロセスに祝福がもたらされるよう、祈りのディクシャをさせて頂きました。)

みなさん、それぞれにこれから内側の変容がまた、促されていかれることと思います。変化に気付かれた方にも、気付かれない方にも、平等に内側の変容は起こってきます。大きな変化のない方は、気付かれにくいかもしれませんが、それぞれに合った進み方で内側は変化していくこととと思います。

毎回、ベースはあのような流れになると思いますが、毎回そのときに応じたトピックやテーマが加わっていきますので、ぜひお越し頂いたみなさまには、継続してお越し頂ければと思いますし、今回「日程が会わなかったけど、次回は・・・」とお思いの方でも、お気軽にご参加頂けますので、ぜひご自身の内側の変化にご納得がいくまで、継続されること、はじめての方は、体験されることをお奨めしたいと思います。昨日は本当に有難うございました。

私がメインで受け持った、小学生の方はというと、まずわが息子と、その息子の保育園時代のお友達の女の子の昨日は2人でした。2人とも低学年ですので、プログラムもそれに応じて、簡単で分かりやすく柔軟性をもたせたものにしました。結果は、かなり(大人よりもやはり、適応・解放が早いせいなのでしょうか?)の手ごたえを感じました。普段、ものすごく無口な女の子が、自分のことをいろいろ話してくれたり、私がホワイトボードに板書をしていると、2人で協力して、そこにテーマにみあった、イラストをつけてくれたのです。

外遊びにも連れ出したのですが、そのときも女の子の方が当然のごとく、息子よりも力は少ないので、球威が出にくいという部分があったのですが、息子がその子にこつを手をもって教えてあげたりしているのです。「受容的に接する」とこれだけ子供たちは、自分を出し、また、
こちらから何も言わなくとも、協力し合おうという意識がはたらくのかと改めて実感できた瞬間がいくつもありました。

「受容的に接する」ということは、甘やかすということではありません。「受け止め」をしてからこちらもボールを、その子の身の丈に合わせて投げ返してあげるということなのです。

ただ、多くの大人がまず「自身の受容」が不十分な状態で、子供や動物に接していますから、結果、彼らに対しての「受け止め」が不十分になってしまうのだと感じます。(私もまだまだ変容途中ですので、子供たちや動物たちに教えられては反省の繰り返しです。<苦笑>)

今回、大人のプログラムで「自分を見つめなおす(自分を受容する)」というワークがあったかと思うのですが、それをまずご自身の中で消化・吸収していかれることをお奨めしたいと思います。愛されることを他者に望んでも、それが叶わないことが多々あると思います。

自己受容というのは、まず「愛されたい、受け入れられたい」と思っている自分を否定しないということです。そして、ご自身でまずそう思っている自分を温かく迎え入れてあげましょう。他者に望むよりそれは、確実な方法です。自己受容ができていくと、自分の周りの人間関係もより温かなものになっていくことを実感できると思います。他者に愛を求めている自分を発見し、そしてまず自分を抱きしめてあげましょう。認めてあげましょう。愛してあげましょう。

それが自然にできていく頃に、心から逆に愛を欲している人を抱きしめられるようにもなっていっている、ご自身に気付かれていくことと思います。グループワークの醍醐味は、受けていくうちに、自分以外の人の幸せを心から願えている事実に気付くときだと思います。それが私たちのめざす「ワンネス」の意識です。分離しあっているという概念の中では「私の幸せ」と「あなたの幸せ」も違うものだという認識ですが、これはあくまで表面意識のレベルでの差異です。

相手との壁が薄くなっていくと、根底にある幸せが同じであることに気付いていくのです。何もしなくとも、何の変化も感じられなくとも、今ある状態に内側から満ち溢れる喜びと平安を感じられるようになれば、一緒に仕事をしている仲間、家族、そして、たまたま同じ電車に乗り合わせた人たちのことまで、幸せを願う意識は広がっていきます。

ぜひ、この内側の平安の体験のために、まず自分を受け入れるワークを
続けてみて下さい。真の愛は内側から外側へ波及します。

次回の幸せ体験セミナーもぜひご参加をお待ちしております。
参加者の皆様、昨日はご来場本当に有難うございました。
また来月もお待ちしております。

そして、昨日お手伝いに来て頂いた、Nさん、Kさん、Uさん、
本当に遅くまで有難うございました。彼女たちにもプレゼンスからの祝福が訪れることをお祈りしております。
【2006/12/11 11:33】 | 未分類 | トラックバック(0) | コメント(0) |
ブレイク・タイム 〜読み飛ばして下さい。(笑)〜
なんだかまとめての投稿になってしまって、申し訳ございません。
色々と忙しくなってきてしまい、ついつい・・・です。

これは、みなさんへのメッセージでもなんでもない、個人的な
投稿なので、読まなくていい方は読み飛ばしてくださいね。(笑)
あまりに嬉しくてつい個人的なところを語ってしまいました。

実は昨日、我が家に念願の食洗機が設置されました。
結婚して12月中旬で12周年です。
ずっと手洗いだったのですが、私の仕事も忙しくなり、
元来、洗い物に限らず、片付けが苦手な私にとって、食器洗いは遅く帰って、食事の支度をしてからも、実際、悪戦苦闘の場面でもありました。(苦笑)

しかしながら、年々手肌も水分が少なくなってくるので、
さすがに食器洗いが苦痛になってきていたのですが、
夫がついにプレゼントしてくれました。(笑)

あまり、うちは夫が台所に立つことはないのですが、
(部屋の掃除や片付け、洗濯は手伝ってくれます。)
食洗機の設置をしてくれたのも夫で、第一回目の洗浄を(機械に入れた
だけなのですが<笑>)してくれたのも夫でした。
あまり日頃の感謝を私には口に出してくれない夫ですが(苦笑)、
私はストレートに「ありがとう」を口にします。

日頃の私の悪戦苦闘、みてみぬふりをしていたわけではなかったのね。
本当にありがとうございます!!

我が家の思いっきりプライベートな報告でした。
【2006/12/06 16:18】 | 未分類 | トラックバック(0) | コメント(0) |
扉が開くまで(13) 〜目覚め〜
そんな私たちに二度目の転機が訪れたのは、私の夢枕にアヴァターが立ったときでした。私は、そのアヴァターを当初、(夫をあそこまで変えてしまい、私たちの夫婦生活に波風を立てる存在として)恨んだ時期もありましたし、否定的にみていたのですが、彼は夢の中で、黙って私を抱きしめてから言いました。

「あなた方がテレビをみているとき、1つのチャンネルに合わせてその時間に流れている番組をみているだろう?しかし、違うチャンネルでは全く違う番組を放送しているのも事実だ。それと同じように、神(あるいは内側にある、本当の自分<神聖意識・真我・ハイヤーセルフ>)は、常にあなた方に情報発信をしている。ただ、アンテナを向けていなければ画面は写らないし、チャンネルを合わせなければ、その神(自分の内側の神聖意識)の放送を聴くこともできない。そしてまずなによりスイッチをいれなくては、その放送をやっていることにさえも気付かないだろう。そのアンテナを調整して、内側のメッセージを受信して御覧なさい。私は(このアヴァターは、自分を一例としてここでは話していますが、実際、神仏でなく、自然や宇宙でもよいと思います。自分の内側で自分を常に守護し、導いてくれているような存在<ハイヤーセルフやディバイン・プレゼンスとも言います。>のことです。)いつでも再生可能だ。」と・・・。

私は実際起きてからも枕が涙でぐっしょり濡れていました。どれだけ頭で理解しようと努力しても分からなかった、夫の訴えていることが、このたった一度の夢で、すっかり私の内側で実感でき、納得できたのです。

そしてほどなくして私たちは、私にとっては、初めて、そして夫にとっては二度目の渡印をすることとなるのです。
【2006/12/06 16:05】 | 未分類 | トラックバック(0) | コメント(0) |
扉が開くまで(12) 〜孤独な日々〜
夫は、「ハイヤーセルフからメッセージがあった」とか、「電撃的なセンセーションを肉体や内側に感じた」とか、そういうことで、精神的気付きがあったわけでなく、男性にはありがちなことかもしれませんが、視覚的アプローチからの気付きがあり、それはある書物からだったのです。彼にとって親にも、先生にも、社会に出ても、どんな年長者の人にも教わることができなかった真理が、そのアヴァター(インドでは、神が人間の姿を取って、その時代時代に必要なメッセージを持って活動・存在する人たちを指します。)の講話の中で、克明に語られていたことが一番のきっかけになったようです。

新婚初日から朝3:30に起床し、瞑想。
そして4時からは、「バジャン」(いわゆる聖歌)を彼は歌いました。

<夫はおかしくなってしまったんじゃないだろうか?>当時の私の正直な感想でした。そのうえ、肉類を一切取らない・・・元々完璧主義だった夫は、やると決めたら通す人です。妥協も一切ありませんでした。

当時、オ○○真理教の問題が社会問題として取り上げられていた時期ですから、私はきっと彼の求めているものは、新興宗教の一種だと最初は思っていました。「インドの教え?ええっ!?彼はあの教祖と同じようなことになるんじゃないの?どうしたら、元に戻ってくれるの・・・?」などを考え、心配で心配でたまりませんでした。

思い余って、夫の実家にも相談しました。夫の父母も心配から、夫にきつい言葉を何度も浴びせました。 しかし、夫の意見は変わりません。挙句の果てに義母からは、「離婚したほうがいい」とまで勧められたのです。

新婚になったら、毎日こんな感じでお料理を作って食べさせてあげたい・・・そんな風に夢見ていた私の気持ちは、新婚前から既に無視されてしまっていたのです。それでも、彼のためにヴェジタリアン向けの料理本を買ってきて、家で何種類ものカレーやカッテージチーズ、野菜だけを使った料理もレパートリーを増やしていきました。

夫にとっては、当時信じていたアヴァターの方の言うことが絶対で、私がそのことを「理解できない」と批判しようものなら、1日中無視されることも少なくありませんでした。ときには、別れを決意した激しいケンカも何度となく繰り返してきました。

夫は当時を振り返り言います。「あの当時は俺も若かったし、柔軟性もなかったよな。周りをみんな無理解者だと思っていたし、正直、俺も毎日が本当に孤独だったよ。一番理解してもらいたい人(私)にも、分かってもらえない、毎日毎日対立しあう、心の地獄を経験したから、だからその後は、少々何が起こっても、動じなくなったよ。でも、改めて思う。人間関係を整えない限り、心の平安も、本当の意味での幸せもないってことを、内側の扉が開いた最初に、実感する必要があったんだろうな。(苦笑)」と・・・。

今は夫は、そのアヴァターのことは魂の成長のための通過点だったと振り返りますし、今からして思えば、夫婦のどちらかが精神的な世界や、内側の自分の魂的な存在に目覚めて、どちらかが全く目覚めないでいるご夫妻もたくさんいらっしゃいます。 そんな中、離婚するカップルも、後々少なくないことを知りました。これは、いくら理屈で説明しても、理解できない世界だと思います。頭で理解しようとしても、全くできない世界だからです。

もし、私の方に先に種々の気付きが訪れていたら、元々理論派だった夫のことです。きっと、頭では理解できない世界なので、もしかすると、私たちは別々の道を歩いていたかもしれません。当時のお互いの歯車がかみ合わない時期を振り返ると、全て人生のシナリオは魂レベルで用意されている・・・そう思える1コマであったのだろうなと思います。

私の拒絶や否定は、今から考えると、内側の扉が開く方の多くが経験していらっしゃることだと思います。実際、カウンセリングに来られる方でも、心の奥深い扉がまだ開いていない方もたくさんいらっしゃいます。そういう方に、いきなり「魂」とはとか、「ハイヤーセルフ」とはなどと話しても、お心に響くことはありません。かえって「何か宗教的なことなの?」と、身構えられてしまうかもしれません。

私の「頭で理解し得ない期間」「嫌悪した時間」「否定・拒絶し続けた経験」は、より多くのいろいろな考え方をお持ちの方たちと向き合っていくためにも、必要な期間だったのだと思えます。
【2006/12/06 16:00】 | 未分類 | トラックバック(0) | コメント(0) |
扉が開くまで(11) 〜震災を通じて〜
その孤独をお話する前に、ぜひお話しておきたいことがあります。
実は、新婚一ヶ月で、私たちは、阪神淡路大震災を経験することとなってしまったのです。

幸いにして、私たちは北大阪に居たため、家屋の倒壊などは免れましたが、私の親戚の家などでは倒壊したりしたところもありました。幸い、その住居は空き家でけが人もなく済みましたが、「本当にこんなことが起こるんだ・・・」という信じ難い光景も、大阪でも古い住宅が並ぶ地区などではみられていました。

大阪でも主要な交通は麻痺する、地域によっては電話・電気・ガスも不通状態でしたので、被害のひどかった神戸、西宮などはもうそれは、実際にみた人でないとその恐怖を実感できないだろう程、すごい事態になっていたのです。

私は、のべ4ヵ月間、役員として当時所属していた、ある動物愛護団体の中で、被災動物の救援活動を行なうための、大阪地区の指揮をとることになり、かろうじて行けた新婚旅行の後、ゆっくりする暇もなく、兵庫県庁、神戸市、県獣医師会、市獣医師会に挨拶と要請に行き、他の団体とも連携を取りながら、動物救済のために動いている会員の窓口となり、自らもボランティアをして過ごしました。

北大阪から神戸は、電車でいったん大阪駅(または梅田)に出ても、片道1時間もあれば行ける距離でしたが、当時は交通機関も麻痺状態がずっと続いていましたので、片道4時間かけて現地入りし、帰りも同じ時間かけて帰るということになりました。

ボランティアの仕事はたくさんあり、避難所を回って、被災している人たちの中で動物とはぐれてしまった人たちの動物を探すお手伝いをしたり、避難所に一時居る動物たちを預かって、動物を救護所まで連れて行くこともしました。もちろん、救護所で預かっている動物たちの世話、里親に出すことを決めた、ご家族と里親になりたい方とのコーディネイト、そして全国から来てくださる、動物救援活動の一般参加ボランティアの方々への指導、ある程度状況が収まってからは、被災動物の地震前予知行動調査のチームにも参加しましたし、いくつかの愛護団体の方たちで、長期間にわたって、動物救援ボランティアをした方への感謝状の作成にも携わりました。

あのような非常時ですから、もちろん、ここには書ききれないような、色々なことがありました。それらは語りつくせませんが、
スペースの都合もあるので、また何かの機会で触れられたらと思います。

これだけは言えるのは、やはり決してあのような事態は起こって欲しくないと願っていますが、絶対にないとも言えないということなので、
みなさんには、最低限、非常事態になったときの、動物たちの預け先を
リストアップしておいて頂ければと思います。
避難所は原則、動物の同伴はできません。一時管理施設や、可動している動物病院には動物たちは溢れています。十分なケアもできないままに、ストレスから体調不良になる子も少なくありませんでした。悲しいながら、あの規模の災害時では、それが現実だったのです。その現実の中、動物をはさんで人同士のトラブルも頻発しました。(私も仲裁に何度か携わりました。)だからこそ、まさかのときに、信頼して動物たちを預けられる人間関係もとても大切だと思えるのです。

振り返ってみて、あの頃、CMで「人を救えるのは人しか居ない」というものが毎日のように流れていました。でも同時に、「動物を救えるのも人しか居ない」ということを実感した日々でもあったのです。

そんな中で、私は動物たちの救済やケアを通じて、人と動物の絆、そして心の奥深い部分での繋がりを強く意識するようになります。そして、人と動物との繋がりは、人同士の心の交流も含め、これから急激に拡大していくだろうと直感したのです。
【2006/12/06 15:45】 | 未分類 | トラックバック(0) | コメント(0) |
扉が開くまで(10) 〜準備期間<試練>〜
日々診療やカウンセリングが多忙となり、ブログも日にちが空いてしまいました。久しぶりに、私とプレマの話から書いてみたいと思います。

恋人時代、仲睦まじくやっていた私たちに、転機が訪れました。
それが結婚式を2カ月前に控えた日のことです。

新居も決まり、私は会社を退職することになりました。
とはいえ、当面アルバイトをしながら新婚生活をする予定をしていましたので、虚無感もそれほどなく、新しい生活に心ときめかせながら過ごしていたときのことです。

夫が新居に来る日も分かっていたので、先に行って掃除をしながら待っていると、いきなり表情を強張らせて彼が帰ってきました。

「俺、明日から肉は食わない。肉も魚も一切やめるから。」いきなり言われたのです。」(注:プレマは今は、ここまで厳格なベジタリアンではありません。肉・魚も適度には摂っています。<苦笑>)

「俺は、動物を助ける役目をしながら、一方で殺された動物を食べているんだ。それはすごく矛盾することだと思うし、その矛盾に気付いてしまったから、もうやめるよ。」と続けたのです。
実は、あることがきっかけで、夫のほうの精神世界的な内側への扉が、先に開いてしまったのです。

「えっ!?りえこ先生の扉が先に開いて、プレマ先生の魂も気付きが訪れ、それに追随していったのでは・・・? 」患者様ご家族様や、クライアント様にはそう思われていることが多いのですが、いえいえ、全く逆なんです。いつも精神的な気付きの扉は、プレマが開けてくれるのです。

ナビゲーターというと、分かりやすいのかもしれませんが、私たち夫婦の関係では、まさにプレマが私のナビゲーターなのです。(おそらく、プレマは表面上認めたくないと思いますが<苦笑>、私もまたプレマの魂のナビゲーターなのだと思います。)けれども、そう解釈できるようになるまで、私たち夫婦は、何度も危機を乗り越えてきた経緯があります。

物質的・論理的な世の中から、精神的な時代へ今、移行してきているのは、当クリニックの患者さんや、当センターのクライアントさんでは、特に感じている方が多いのではないかと思います。気付きについて、それぞれ扉が開くまでの時期には違いがあると思いますが、私たちにはみなさんにそのきっかけとして、内側の気付きにおいて、第一関門となる、近しい関係性での理解の不一致についてをお話しする時期がきたと思いますので、その頃のお話を少し、話してみたいと思います。

プレマは急にストイックになりました。会話も減り、話す内容も、いわゆる宇宙観や神聖意識といったことが中心で、180度態度の変わってしまった彼に対し、まだ、精神的気付きが訪れていなかった私は、不安でいっぱいになりました。そんな中、何事もなかったように振舞っていたつもりでしたが、母にも私の悩みは伝わっていたようでした。

「そんなに不安なら、結婚やめてもいいのよ。」と言われましたが、正直、私はもの心ついたときから、結婚というものは神聖なものであるという考えがあったのです。「式のことなら心配ないよ。キャンセル料がいくらかかっても、お母さんが全額払ってあげる。全員の招待客のところへ言って謝罪もしてくる。私はね、りえこが、幸せになることを一番望んでいるの。だから、あなたが不安を抱えたまま、幸せになれるかどうかも分からない気持ちになっているなら、いつやめてもいいの。母親としてできることは何でもしてあげるから。でも最終的な答えは、自分で決めるのよ。あなたが納得できれば、お母さんはそれがどんなことでも受け入れるから。」と母は言ってくれました。

私は、母は30年勤め上げ、会社役員として、定年を迎えていました。立場上、すごく体裁を気にする人だと思っていたので、母にそう言われたことが、ものすごく心に染みたのです。何人もかつての母の上司や同僚も招いていましたので、私の迷いやぐらつきを、てっきり否定されると思っていました。私はこのとき、愛情表現が下手な母の愛を感じ、湧き出るように泣いてしまいました。

そして、うわっつらでない、深い部分から信頼しあえる、いわゆる魂が分離していないような関係であるだろう相手に巡り合うことができれば、その結びつきは、永遠であるはずだろうくらいに思っていた、自分の内側の気持ち、私がパートナーとして、それこそ魂が求めている存在は彼に違いないはずという直感を、最後まで信じてみよう・・・そう思い母に「心配かけて、ごめん。私彼と結婚します。」と伝えたのです。

しかしそれから半年、私は新婚でありながら、頭では決して理解できないことでもあるこの内側の世界を感じられるまで、とても孤独な日々をすごすことになってしまうのです。
【2006/12/06 15:16】 | 未分類 | トラックバック(0) | コメント(0) |
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りえこ先生のブログ


プレマ動物ナチュラル・ケア・クリニックのりえこ先生のブログです。

プロフィール

プレマリエ

Author:プレマリエ
ホリスティック(ナチュラル)・ケア主体の動物クリニックを、獣医師の夫と共に営んでいます。私は動物の心・魂からのメッセージを、ご家族にカウンセリングを交えてお伝えする、アニマル・コミュニケーターをしています。また、2005年に南インドで研修を受け、魂の前進・解放を促すエネルギー・ワーク「ワンネス・ディクシャ」のインストラクターになり、セミナーも開催しています。人と動物の種別を超えた絆、人や動物たちが本当に幸せになるために、魂的な前進をしていくために、私たちが、どのように生きていくことを自覚していけばよいのかなども、お話ししていきます。どうぞよろしくお願いします。

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