あなたの思いは、あなたを作っているだけではありません。
さて、研修体験記から離れますが、
帰国してから、いろいろな方法でプレゼンス(内なる聖なる存在)
からメッセージを受け取っていますので、
そうしたことも、みなさんとシェアしていこうと思います。

以前、診察を含め、アニマル・コミュニケーションで、
カウンセリングした猫ちゃんで、

「私は同情されるのがすごく嫌なの。」という子がいました。
その子はまだ若かったのですが、生まれつき免疫低下の疾患を持って
いました。その子は、野良ちゃんだったのですが、本当に力尽きそう
な中、色々な方が保護をしようと試みたそうなのですが、誰の手にも
負えず、か細い体で、フラフラになりながら、抵抗を続けたそうでした。
そんな中、保護者となった方にだけ、その子は、ついに自分から
歩み寄って行ったそうでした。

本人に話を聞いたときその子は「みんな、私をみて『かわいそうだ』と
言ったの。「『あんなに痩せて、今にも倒れてしまいそうで、かわいそう。』
って・・・。『なんて不幸な子なんだろうね。』という人もいたわ。
私は、かわいそうなんかじゃない!不幸な子なんかじゃない!そう言われる
度に、人間なんてみんな同じなんだと思った。」とその子は言いました。

「でもね、この人だけは違ったの。」とその子は続けました。
「この人は私を1人の猫として、尊重してくれた。私の生命力を信じようと
してくれた。そして無理やり私を連れて行こうともしなかった。『あなたの
意志に任せるわ。ついてきたくないなら、無理やり行こうとは言わない。
でも一緒にきたいなら、来ない?喜んで協力するよ。』って気持ちが
伝わってきたの。だから・・・もしかしたら、この人となら同じ目線で、
一緒の世界がみれるかもしれないと思ったの。」とその子は言いました。

以前、私はブログの中で、「私たちの考え方<想念>が、私たちを
作り上げている」ということも少しお話ししたと思います。
それだけ「思い込み」ということは、いい、悪いの関係なく、
その状態を引き寄せてしまうということにも触れたと思います。
(この想念(考え・Idea・概念 など)については、
後のブログでももう少し、深いところをお話していきたいと思います。)

この猫ちゃんは、本能的に言霊(ことだま)や想念のパワーを
知っていたのだろうと思います。
もしここに病気で苦しんでいる人がいたら、私たちはとっさにかわいそうだと
思うかもしれません。貧しく食べることもできない人たちをみても、
そのように思ってしまうかもしれません。けれども、そうした一人一人の想念が
今の地球上の「集合意識」の源になっているということにも、
どうか心を向けて頂きたいと思うのです。
自分で強く意識したことは、その状態を引き寄せることがありますが、
他の人や動物などに対してもこのことは同じことが言えます。

私たちは、他者の状態を他者の状態としか受け止めていません。
ですから、同情をしたり、批判をしたり、不必要な感想を抱いたりを、
つい、してしまっていることに気付くこともあるでしょう。

コンパニオン・アニマルに対しても、よその子をみたときに、
「あの子は、いつもお散歩に連れて行ってもらっていないみたい。かわいそうに・・・」
「あんなに太らせて・・・きっと食事や運動に気を使ってもらっていないのよ。
かわいそうに・・・。」
他人の状態をみたときでも、
「そういえば、○○さんのところ、ご夫婦うまくいっていないみたいよ。
奥さんもお気の毒よね。」
「△△さん、仕事を始めたらしいわよ。
それで、子供さん、あんな小さい時から保育園ですって。かわいそうに・・・。」
「××ちゃん、彼氏と別れたらしいの。もうすぐクリスマスなのに、
なんだかかわいそうで・・・。」

こうしたシチュエーションや会話は、なにげなしに、誰しもしてしまって
いるのかもしれません。
ここで申し上げますが、同情は愛ではありません。
その人と深い精神状態が一体化した状態<ワンネス>とも違います。
明らかにそこには「比較」という状態が存在しています。
何かと比較をしなければ、同情という感情は湧かないからです。
かわいそうだと思ったり、他者の状態を気の毒に感じ、
なんとかしてあげたいと思う気持ちは、
誰しももったことがあると思います。
けれども、本当に本人はそう思ってくれることを望んでいるのでしょうか?
立場を逆にすれば、みえてくることがあるのかもしれません。
もし、本当に本人が自分を不幸だと思っていたとしても、
それはその人やその子の問題であり、
それを他者が肩代わりすることはできないのです。
なぜなら、他者の人生は代わりに責任を持ったり、引き継いだりする
ことはできないからです。

その人や動物が本当に苦しんでいる状態のとき、
その人や動物が自分でその問題を解決できるように、
サポートしてあげることは、同情とは違います。
なぜなら、それは本人を尊重している対応だからです。

前述の猫ちゃんは、そうした対応を求めていたのですが、
彼女に近付いてくる人たちは、みんな彼女を「かわいそう」だと言い、
全面的に保護して「かわいそうな状態ではなくしてあげる」
という意気込みで、近付いてきたと彼女は言っていました。
「私は確かに生まれたときから、身体は弱いと思うけれど、
だからといって、不幸だと思ったことも、自分をかわいそう
だと思ったこともなかったのに・・・」
それが彼女の本音だったのでした。

他者は私たちを映し出す鏡の役割をしてくれています。
他者の中に自分の質や、自分自身で気付くべきことがみつけられる人は、
他者に左右されることもなければ、自分と他者を引き比べることもないでしょう。

私も彼女に会って反省をしました。
これまで私も、同情して彼女をかわいそうに・・・と言った人たちと、
同じようなことを思ったりしたことがあったからです。

これだけはぜひ、覚えておいて欲しいのです。
他者に抱いた感情は、自分だけのものではありません。
他者に抱いた感情は、他者に間接的に伝わり、実際に現実の
状態をも作ることがあるということです。これは、根っこで私たちが
他者とも繋がっているからです。
今の環境問題も、政治・社会の状態も、もとを正せば、
個人個人の抱いたネガティブな感情が膨らんで、大きくなっていったものです。
ですから、自分の抱いた感情が、たとえば言葉に出していないのだから、
自分だけに影響することだと思うことは、
実は大きな誤解であったりするわけなのです。

このような話があります。
ある夫婦がいました。
妻は夫を心から尊敬し、愛していました。
ですから、夫と話すたび、そして夫と目が合うたび、また、
夫の寝顔をみているときでさえ、幸せな気持ちでいっぱいに
なっていました。そして「私はなんて幸せなんだろう。
こんなに頭がよく、やさしく、かっこいい人の妻でいられるなんて・・・」
そんな気持ちでいっぱいでした。

一方、この夫の方は、同じように妻を愛して結婚したつもりでしたが、
夫はそのように考えられなかったのです。
「はあ・・・また、こんなところにほこりが溜まっている。
きちんと掃除もできないのか!?あいつは・・・。」
「なんだ?この弁当・・・ごまかしてるけど、昨日の残り物じゃないか?
こっちは毎日あくせく働いているっていうのに・・・誰のおかげだと思って
るんだ!?」「この頃あいつ、ホントに太ったよな?結婚したら、女は
値下がりするっていうけど・・・ホントに自己管理ができてないよな!?
俺があいつの上司だったら、絶対毎日説教してるよ!」
そんな気持ちで夫の方はみていました。

2人とも、お互い同士向き合うと、口下手で、実際に互いに抱く気持ちを
言葉にしたことはありませんでした。
けれども結婚して5年経過し、明らかに2人の見た目にも、とりまく環境にも
歴然とした差が出て来てしまっていたのです。

夫は仕事で認められ出世をし、そして独身時代はほとんどモテることもなかったのに、
女性から「○○さんって男前になったよね?」とか、
「結婚してから、深みが出て、いい男になったよね?」とか言われるように
さえなりました。そして今や、大きなプロジェクトを進行している
リーダーでもあります。

一方、妻の方は、夫の言っていたとおり、毎年少しずつ太ってしまい、
とうとう病気になってしまったのです。やっと病気が治ってからも、
家事も要領よくこなすことができず、気がつけば、「仕事をやめなければ、
今ごろもっと、違う人生があったのに」と、愚痴や不満の多い人に
なっていました。

どうしてこんなことが起きてしまったのでしょう?

みなさんは、水の結晶が「有難う」と言ったものと、
「ばかやろう」と言ったものでは、全く結晶の形が違い、
有難うのものは、とてもきれいな結晶で、
ばかやろうとなじられた方は、ぐちゃぐちゃに結晶が壊れていた
という写真をみたことがあるでしょうか?
実はこれは実際に何度も行なわれた実験結果だそうです。

私たちの身体の細胞も、そして記憶細胞と言われる、潜在意識も、
肉体面、精神面に、これらの出来事や言葉は記憶として蓄積していっています。
信じられないと思われる方は、2つ鉢植えの花を買ってきて実験してみて下さい。
同じ日照条件、水やりも同じ、肥料も同じ条件で、
一方には本当にいつくしみや、愛や感謝の心で、「有難う」「今日も素敵ね」など
ポジティブな言葉を伝えながら、お世話をします。
そしてもう一方には、いい加減に義務的に世話をし、
「お前がいるから、こっちは世話する時間もないくらい忙しいのに、
有難いと思いなさいよ!」「あんたなんて、かわいくもなんともないわ。
手間がかかるだけのお荷物なんだからね!」などとネガティブな言葉を
言い続けたとします。

私も実際には実験したことはありませんが、
きっと、その結果は全く違ったものになっているはずです。
なぜなら、私はそのような動物たちとも何度も話を聞いてきたからです。
「植物がそんな・・・人間の言葉や気持ちが分かるわけ無いじゃない?」
と思うかもしれません。けれども、お水でさえも、
人間の気持ちを拾うことが分かってきているくらいです。

これが、動物たちや人間であれば、どんな気持ちになるか、
そして、実際にどんな状態になっていくかを、みなさんも考えて頂ければ
と思います。たとえ同情であっても、それが同情される本人にとって、
ネガティブな感情であれば、それはそのように作用してしまうことがあるのです。

相談を受けた時は、同情というより、受容してあげることはよいことだと
思います。なぜなら、相談している方もそれを求めていることが多いからです。
けれども、相手が求めていないのに、評価をしてしまうことは、
相手にとって、マイナスに影響することがあるのだということを、
ぜひ、忘れないで頂ければと思います。

もちろん、ネガティブな感情に作用してしまう方が弱い・・・
そう思われてしまうかもしれません。
ネガティブなことを言われたって、本人が気にしなければ
いいことじゃない?と思う人も中にはいるでしょう?
けれども、本人の意図に関係なく、状態の変化は起こってくる
ことはあるのです。
それが、今私たちが直面している、環境や社会の色々な問題です。
つまり私たちは、多かれ、少なかれ、
他人の思考の影響の中に、日常、身を投じているのだということも、
どうか、忘れないでいて頂きたいのです。

実は前述のご主人は、自分が子供の頃から褒められることが少ない家庭で
育ちました。そして、他者と比べられたり、いわゆる「評価」の多い両親に
育てられていたのです。ご主人にとっては、結果が全てであり、それまでの
プロセスで、どんなに奥さんがご主人のために、気配りや気苦労をしてきたか、
それに気付かずにきてしまったのです。

ただ、だからといって、ネガティブな感情が湧いた時でも、
それを無理に打ち消そうとしないで下さい。
そんなことをしても、思考の渦に呑み込まれてしまうだけで、
余計にそのことを意識してしまう結果になります。

他人に対し、ネガティブな評価や感想を抱く時、
自分も癒されていないことがあるのだという事実に、まず気付いて下さい。
自分の内側の気付き方、そして観察の仕方については、
前回までにお話をしたかと思いますが、また、その味わい方や、
癒し方については、徐々にブログで書き進めていきたいと思います。

まずは、「ああ、私(俺)って、実は傷ついてたんだ・・・。」
そのことに、きちんと気付くことから始めることで、いつの日か必ず、
(その問題の自分にとっての大きさや、そのことをみないようにしてきた
期間によって、時間はかかるかもしれませんが)
自分も他者も、心から一緒に抱きしめられる人に、
変わっていくことができると思います。

前述の猫ちゃんは、懸命に1日1日を生き、そして天国へと旅立っていきました。
かわいそうなどころか、生き抜くという強さと、そして周りにたくさんの気付きと
愛を残してくれた彼女のことを・・・私はずっと忘れないと思います。

【2007/12/20 14:12】 | 人と動物 | トラックバック(0) | コメント(0) |
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りえこ先生のブログ


プレマ動物ナチュラル・ケア・クリニックのりえこ先生のブログです。

プロフィール

プレマリエ

Author:プレマリエ
ホリスティック(ナチュラル)・ケア主体の動物クリニックを、獣医師の夫と共に営んでいます。私は動物の心・魂からのメッセージを、ご家族にカウンセリングを交えてお伝えする、アニマル・コミュニケーターをしています。また、2005年に南インドで研修を受け、魂の前進・解放を促すエネルギー・ワーク「ワンネス・ディクシャ」のインストラクターになり、セミナーも開催しています。人と動物の種別を超えた絆、人や動物たちが本当に幸せになるために、魂的な前進をしていくために、私たちが、どのように生きていくことを自覚していけばよいのかなども、お話ししていきます。どうぞよろしくお願いします。

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